太平洋戦争時には疎開の子供もこんな犠牲となりました・・・「対馬丸記念館」(沖縄那覇)

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沖縄の戦時遺産を巡る旅。
今回の那覇で滞在するメインテーマがこちらでした。
まあ、日本一周旅のテーマの1つでもあるんですけど、
沖縄は大激戦のあった地ですから、そういう場所が多いんです。
今回はこちら、「対馬丸記念館」を訪問しました。

太平洋戦争時には疎開の子供もこんな犠牲となりました・・・「対馬丸記念館」(沖縄那覇)

住んでたところからは自転車で5分の距離にあったんで、
雨の降り続く日に行こうと思ってました。

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こんな施設です。
太平洋戦争時には疎開の子供もこんな犠牲となりました・・・「対馬丸記念館」(沖縄那覇)

貨物船を少し改造して作られた疎開船をモチーフにしています。
沖縄の子供を本土へ疎開するための航路を運行してた船です。
入場料は大人500円でした。

なぜこの船が記念館となったのか?
太平洋戦争時には疎開の子供もこんな犠牲となりました・・・「対馬丸記念館」(沖縄那覇)

文字が細かいですけど、興味ある方は読んでみて下さい。
どうしてもめんどくさいって方は、私の簡潔に纏めた文章を。
太平洋戦争終盤、敗戦の色が濃厚となる日本・・・
次のアメリカ軍の目標は沖縄だと分かってました。
そこで、沖縄に住む子供たちを、本土鹿児島へ疎開させることとなったんです。
昭和19年8月21日、疎開船の1隻「対馬丸」に学童834名、引率827名を乗せて、
沖縄を出港します。
しかし・・・その途中にアメリカ軍潜水艦の魚雷攻撃を受け、撃沈されてしまいます。
学童780名を含むおよそ1500名が犠牲となった悲惨な結果となりました。

その船の模型。
太平洋戦争時には疎開の子供もこんな犠牲となりました・・・「対馬丸記念館」(沖縄那覇)

元々貨物船でしたが、そんな大きい船ではありません。

その船倉が実物大で再現されていました。
太平洋戦争時には疎開の子供もこんな犠牲となりました・・・「対馬丸記念館」(沖縄那覇)

客船ではないですから、こんなとこにぎゅうぎゅうに押し込められての疎開です。
しかし、沖縄の学童は、本土での生活にワクワクした楽しみを持って、
この船に乗り込んだんですよ。
それが暗い海に飲み込まれる結果となるなんて・・・
映像見ながらジュルジュル、展示の回想見ながらジュルジュル、
鼻水すすりながらの見学でした。
涙なしによー私はこういうの見ることできない。

この撃沈事件の生存者数です。
太平洋戦争時には疎開の子供もこんな犠牲となりました・・・「対馬丸記念館」(沖縄那覇)

戦争で相手国が自国の船を沈めた出来事ですから、
「事件」って言うのもどうかと思いますけど、
このアメリカ軍潜水艦の標的は軍艦やないんですよ。
民間人だけを乗せた船なんです。
なので、アメリカ軍が起こした事件というべき、
ただそういう戦争を始めた日本の政治上層部の責任も重いです。

その当時の教室を再現したコーナー。
太平洋戦争時には疎開の子供もこんな犠牲となりました・・・「対馬丸記念館」(沖縄那覇)

自身の子供の頃とダブらせて、こういう教室で授業を受けることもできず、
亡くなっていった子供たちのことを想うとやるせない。

こういう戦時資料館が沖縄にはいくつかあります。
沖縄観光に行こうと思っておられる方は、1つでもこういう資料館を見学してほしい。
私たちの平和な生活は、こういう犠牲の上に成り立ってます。
私はその想いを持って、全国各地の戦時遺産を巡り、それを記事にします。

住所:沖縄県那覇市若狭1-25-37
電話:098-941-3515
営業時間:9時00分~17時00分(入館は16:30まで)
休館日:木曜・年末年始(12月31日~1月3日)
入場料:大人500円、中・高校生300円、小学生100円

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